Wishy-WashyのJAZZ映像パラダイス&MORE

2001年7月に開店し、20016年1月に閉店した大阪市北区・西梅田のジャズ・バー『Wishy-Washy』です。所蔵していた映像ソフトやCD等を中心に貴重なものや面白いものをご紹介します。

今月の初めに当店にラーシュ・ヤンソン・トリオが来店してくれた時に、ベーシストのトーマス・フォネスベックがデンマーク人だったので、前々から疑問に思っていた事を質問してみました。
デクター・ゴードン等のライブ・アルバムが収録されてリリースされているデンマークのジャズスポット『モンマルトル』のことです。

DEXTER GORDON-MONTMARTRE

『モンマルトル』と言えばフランスの地名なのに、どうしてデンマークの店の名前にしているのか?という疑問です。
しかし、トーマスの反応は期待はずれで『知りませ~ん』といった素っ気ないものでした。
でも、よく考えてみれば、大阪にだって『ニューヨーク』なんて店があったりするのですから、別に不思議でも何でもない何処にでも転がっている話で、別にそんなに追求する程の事でもなく、尻すぼみに終わってしまったのでありました。(しゅん太郎)
少し前になりますが、デューク・エリントンがハーレムの"コットンクラブ"の専属バンドとして活動していた時期の録音を集めた『THE BEST OF EARLY ELLINGTON』というアルバムを購入しました。

DUKE ELLINGTON-THE BEST OF EARLY ELLINGTON

結構"新し目"のエリントンしか聴いていなかった私は、前々から"コットンクラブの専属バンドが"1931年(1932年?)にエリントンからキャブ・キャロウェイに引き継がれた事に違和感を感じていたのですが、

CAB CALLOWAY-HI DE HO MAN-CD

このアルバムを聴いて"納得!!"
後にクーティ・ウイリアムスに引き継がれることになるバッバー・マイリーのお喋りしている様な"ワウワウ・ミュート・トランペット"といい、クラリネット等のアンサンブルによる濁った怪しげなサウンドといい、これがオリジナルの"ジャングル・サウンド"の響きなのか!!と"目から鱗"状態になったのでありました。


前回の記事で取り上げた『リー・リトナーがNHK・BS-1の番組"エルムンド"に出演した映像』を当店である"セミプロ"ならぬ"ほぼプロ"のギタリストの常連さんにお見せしていて、私が「こんな短い番組出演のために3本もギター持って来るもんなんですね~~~?」と言うと、その"ほぼプロ"の方が「アコギとサイレントはヤマハが用意したんじゃないてすか」とおっしゃいました。
なるほど!! そう言われればそうですね。
先日、NHK・BS-1の番組"エルムンド"にリー・リトナーが出演していました。
今回はデイブ・グルーシンとの公演で来日していた様です。
まず番組の冒頭で、テーマ曲の『YOU ARE THE SUNSHINE OF MY LIFE』をヤマハの"アコギ"で軽く演奏し、

EL MUNDO-LEE RITENOUR-AC GUITAR

本番のインタビューのコーナーでは、『ETUDE』をこれまたヤマハの"サイレント"で演奏。

EL MUNDO-LEE RITENOUR-SLT GUITAR

最後にもう1曲、最新アルバムから『THE VILLAGE』をギブソンのヴィンテージの"フルアコ"で演奏してくれました。

EL MUNDO-LEE RITENOUR-GIBSON GUITAR

この短い番組出演のために3本もギターを持って来たというわけです。
インタビューでリトナーは『バイクも好きで、バイクに乗っている時によく曲を思い付く』と言ってました。
膨大なギターのコレクションがよく知られているリトナーですが、バイクもかなり持っているんでしょうね。
本日、広島から出張で大阪に来られたという30代の男性が、当店近くのジャズ・ライブ・スポット"ミスター・ケリーズ"の帰りに来店してくださいました。
その方曰く、『広島では"エリック・クラプトン"のことを短縮して"エリクラ"と言う』そうです!?
その方はそうおっしゃってました・・・・・。
これって、時々(度々?)駄洒落が飛び交って盛り上がるシーンもある当店では、『それって"プリクラ"の親戚?』だとか、『エレクトリック・クラリネットのこと?』などと盛り上がるネタとしては美味しいかも・・・・・?(笑)
前回の記事で、1992年にトニー・ウイリアムスが大阪ブルーノートに出演した時のライブとインタビューを収録したサンテレビの番組をご紹介しましたが、今回は『その続きをもう少し・・・。』です。

前回は、トニーの"優等生っぽい"微妙なコメントに少しネガティブな印象を受けた言い回しで終わってしまいましたが、
このインタビューの中でトニーはこんな事も言っているのであります。

TONY WILLIAMS-OSAKA BN-6

『音楽のファシズム』とは上手く言ったものです!!

TONY WILLIAMS-OSAKA BN-7

このコメントも"優等生っぽい"とも受け取れるかもしれませんが、
『音楽の好みや価値観等を押し付けられる』という様な"一方的で不幸で最悪"なシチュエーションに遭遇した時、トニーのこのコメントは勇気を与えてくれるのではないでしょうか(笑)
『トニーらしい"自由奔放でストイックな感性"だなあ~~~。』と納得した次第です。
最近、ある事がきっかけで、昔ビデオで録画していた映像を見直しているのが、サンテレビで放映されていた『JAZZ カクテル 響』。
1991年から1992年にかけて、当時の大阪ブルーノートに出演したアーティストのライブとインタビューで構成されていた番組なのですが、
先日その中から、1992年2月末に出演したトニー・ウイリアムス・クインテットを見ていました。
ウォレス・ルーニー(tp)、ビル・ピアース(ts)、マルグリュー・ミラー(p)、アイラ・コールマン(b)という当時のレギュラー・メンバーを従えて、当時の最新アルバム『THE STORY OF NEPTUNE』からの曲を演奏しています。

TONY WILLIAMS-OSAKA BN-1

一方、インタビューの方は、いつもの回より長尺になっていて、まず冒頭でトニーのステージ衣装の話題になり、トニーは下の画像の字幕の様な"彼らしい"コメントをしていて"納得"という感じなのですが、

TONY WILLIAMS-OSAKA BN-2

インタビューの終盤にドラミングの話題になった時のトニーのコメントが下の画像の字幕の様に話していて、

TONY WILLIAMS-OSAKA BN-3

TONY WILLIAMS-OSAKA BN-4

TONY WILLIAMS-OSAKA BN-5

トニーの普段のプレイぶりから考えると、優等生っぽくて"らしくない"感じで微妙です。
先日、NHK・BSプレミアムで、今年の東京JAZZの模様を3週に渡ってオンエアしていましたが、
その中に小曽根真とエリス・マルサリスのピアノ・デュオというのがあって、マルサリスの地元に因んでか?『DO YOU KNOW WHAT IT MEANS TO MISS NEW ORLEANS ?』を演奏していました。

TOKYO JAZZ 2012-OZONE  ELIS MARSALIS

TOKYO JAZZ 2012-ELIS MARSALIS

この曲は、サッチモやビリー・ホリデイが出演した映画『NEW ORLEANS』(1947年公開)の主題歌ですが、
この映画は1917年のストーリーヴィルを舞台にして始り、サッチモはカジノを経営する主役の"ニック"のキャバレーのバンドリーダー役、ホリデイはニックに恋する上流階級の娘"ミラリー"のメイド役で登場しています。
サッチモは実名で出演しているのですが、その役柄はサッチモ本人をモデルにはしていないようで、ミラリーの母親の画策やある事故をきっかけにストーリーヴィルが閉鎖され、ニックやサッチモ達が仕事を失いシカゴに移って行くという場面は、ニューオリンズの軍港化によりストーリーヴィルが閉鎖されて1918年にシカゴに移って行ったキング・ジョー・オリバーをモデルにしている様です。

NEW ORLEANS-MOVIE

そして、そのオリバーのバンド名が"クレオール・ジャズ・バンド"なのですが、
この名前を文字ったと思われるバンド名で東京JAZZに登場しているのがジョー・サンプルの"クレオール・ジョー・バンド"です。

TOKYO JAZZ 2012-JOE SAMPLE

ファースト・ネームがオリバーと同じ"ジョー"だということもあって?この名前にしようと思い付いたのでしょうか・・・・・?
ニューオリンズで頑張り続けている、元ウエストロード・ブルース・バンドの山岸潤史さんもメンバーの一員として活躍しています。
2009年4月から、関西ジャズ・シーンの情報を発信し続けているフリーペーパー『WAY OUT WEST』。
その片隅で、"ジャズやフュージョンの映像のコラム"を書かせていただいておりますが、
その過去の記事を振り返って読んでいただこうというシリーズ。

今回は、2011年7月号の第23回の記事です。

WOW2011-07-HYOSHI.jpg

この回は、1967年からスイスのレマン湖畔で開催されているモントルー・ジャズ・フェスティバルの歴史を、主宰者のクロード・ノブスへのインタビューを中心に制作された映像をご紹介しました。

WOW2011-07-KIJI-23.jpg

画像をクリックしていただくと、大きくなって読みやすくなります。

なお当店では、第1回の記事から最新の記事まで読んでいただけるようにしております。
スウェーデンのピアニスト"ラーシュ・ヤンソン"のジャパン・ツアーが10月31日から京都公演を皮切りに始まっていますが、

LARS JANSSON-JAPAN TOUR 2012 FLYER

11月1日の大阪・ミスター・ケリースでのギグの後、ラーシュ・トリオが店に来てくれました。
ラーシュ・ヤンソンを始めとするスウェーデンのジャズ・ミュージシャンを紹介し続けている"スパイス・オブ・ライフ"の佐々さんが連れて来て下さったのです。
前回の2年前のジャパン・ツアーの時にも来てくれたので2回目の来店です。
ラーシュは、スマートフォンで『お父さん、ご本人、娘さん、お孫さん(ラーシュの曲にもなっている"ヒルダ")』の4代が一緒に写った写真を見せてくれたりしました。

LARS JANSSON AT WW-2012.11.1-1

そして、翌日(11/2)。ラーシュ・トリオは芦屋のレフト・アローンでのギグだったのですが、
私が25時頃、最後のお客さんが帰られたので、店内に看板を入れようとエレベーターで3階から1階に降りて、看板をエレベーターに乗せようとしていたところ、背後から私を呼ぶ声が聞こえたので振り返ってみると、そこにはタクシーから降りた佐々さんとラーシュ・トリオの面々が・・・。
急遽、閉めるのをやめて店に入ってもらったのですが、ドラマーでラーシュの息子さんのポール・スヴァンベリーがシンバル・ケースを持っていたので、どんなシンバルを使っているのか尋ねてみたところ、"オールドKジルジャン"や、"ボスフォラス"、"スピッツ"等をケースから出して見せてくれました。
"スピッツ"は1年程前に作っていた方が亡くなってしまったそうです。
そして、ラーシュのCDをかけていると、またまたシンバルをケースから取り出し、指で支えてCDにあわせてスティックでレガートして戯けたりするのでした。

LARS JANSSON AT WW-2012.11.2-DRUMMER-1

「プロの人でもこんなことするのか!!」と親近感を覚えたのですが、更に、気さくで剽軽なポールは、頼みもしないのにシンバルを頭に乗せて、こんなポーズまでしてくれたのでありました。

LARS JANSSON AT WW-2012.11.2-DRUMMER-2

とても良い感じのナイスガイでした。