Wishy-WashyのJAZZ映像パラダイス&MORE

2001年7月に開店し、20016年1月に閉店した大阪市北区・西梅田のジャズ・バー『Wishy-Washy』です。所蔵していた映像ソフトやCD等を中心に貴重なものや面白いものをご紹介します。

さて今回も僭越ながら、前回に引き続き、私の"懐メロ"クラシックのエピソードをご紹介させていただこうと思います。
私がジャズを聴き始めたのは18歳位からなのですが、それまでは、ロックにのめり込んでいました。
熱心に聴いていた時期が、1960年代の終盤から1970年代序盤くらいまでの"黄金期"にタイミング良く重なっていたのは、とてもラッキーだったと思っています。
その頃私は、よく通っていたレコード店でバイトするようになっていたのですが、
レコード店の常連さんのオジサン達に薦められたのが『ジャズを聴くきっかけ』になったという訳です。
そして、その頃(1971年頃から)、日本では"外タレ"の公演ラッシュが始まっていたのですが、
私は、そのレコード店でバイトしていたおかげで、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったロック・バンド『グランド・ファンク・レイルロード』の初来日公演のバイト(ポスターやプログラムを販売する仕事でした。)にありつくことが出来、これが私の初ロック・コンサート体験となったのです。
私は、その後もバイトの稼ぎをつぎ込んで、『レッド・ツェッペリン』、『ジェフ・ベック(BBA)』、『サンタナ』、『テン・イヤーズ・アフター』、『ムーディー・ブルース』、『ハンブル・パイ』等の"外タレ"が初来日する度に足繁く通ったのですが、
そんな中、当時"プログレッシブ・ロック"の範疇で捉えられていた(今でもそうだと思いますが・・・。)ロック・バンド『YES』も最盛期の1973年に初来日を果たし、その頃彼らがリリースしていたアルバム『FRAGILE』や『CLOSE TO THE EDGE』等を熱心に聴き込んでいた私は、当然彼らの公演にも足を運び、その素晴らしいライブに大きな感銘を受けたのです。

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YES-CLOSE TO THE EDGE

そして、そのライブでは、照明が落とされて、これから彼らの演奏が始まろうとする直前に、『クラシック風の曲を会場に流す』という演出がされていて、その曲が終わりかけた時、間髪入れずに「シベリアン・カトゥール」という曲で演奏が始った瞬間は鳥肌ものでした。
暫くしてリリースされた彼らの同じツアーのライブを収録したアルバム『YESSONGS』にも、その様子が収録されていて、
そのライナーを読んで、このクラシック風の曲が小澤征爾さん指揮によるストラビンスキーの『火の鳥』の中の1曲だと分り、
後にもう少し詳しく調べて、『第2場の最終曲』だと判明しました。

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ということで、"YES"の演奏に感動したのと同時に、この『火の鳥』の最終曲にも強烈なインパクトを受けてしまったという訳です。

ところで、このライブ・アルパム(LPレコード)のライナーには"小澤征爾さん指揮によるボストン交響楽団の『火の鳥』"と書かれているのですが、疑問に思って少し調べてみたところ、ボストン交響楽団との『火の鳥』の録音は1983年のようですし、演奏を聴き比べてみた感じでも、1972年録音の"パリ管弦楽団"との演奏の方なのではないかと思っている次第です。

FIREBIRD-SEIJI OZAWA

2002年4月から家内が書き始めた"JAZZ新聞"を創刊号から順次ご紹介しています。
今回は、第82号~第84号です。
復活・再開した最新号も順次当ブログでアップしております。

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『子供の頃や思春期に、積極的に聴こうと思った訳ではないのに、自然に耳に入って来て、強烈な印象が残っているクラシックの曲』というのが数曲あって、大人になってから"懐メロ"的に聴いていたりするのですが、
今回は、その中の1曲にまつわるエピソードです。
以前の記事でもご紹介したことがあると思うのですが、
私がまだ二十歳前後だった頃、テレビで、アメリカの音楽番組「ソウル・トレイン」や「サタデー・ナイト・ライヴ」等をオンエアしていた時期がありました。
「ソウル・トレイン」の方は、演奏シーンが"口パク"だったので興ざめでしたが、周りで踊っている個性的なダンサーがフィーチャーされる場面が とても刺激的だったことを覚えています。
当時そんな番組を観れるのはとても貴重だったので、眼を皿のようにしてテレビにかじり付いて観ていたのですが、
その番組の合間に頻繁に"ROPE"という洋服のブランドのCFが流れていました。
そして、そのCFのBGMとして使われていたクラシック調の曲がず~~っと強烈に印象に残っていたのです。
そこで、ある時調べてみたところ、ガブリエル・フォーレという作曲家の組曲(劇中曲)『ペレアスとメリザンド』の中の「シシリエンヌ」という曲だと分りました。
ところが、この曲を演奏しているオーケストラがいくつもあって、いくら調べてみても、どの演奏が"ROPE"のCFに使われたヴァージョンなのかが全く分らなかったので、仕方なく自分の中に残っているイメージを頼りに、いくつかの演奏を聴いてみたりしていたのですが、イメージに近いものは幾つかあったのですが、決定打が見つからないまま現在に至っておりました。
ところが先日ある事がきっかけで、ほぼイメージどおりのヴァージョンを見つけることができました。
それは、ネヴィル・マリナーが指揮をしているアカデミー室内管弦楽団の「シシリエンヌ」なのですが、

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このヴァージョンが、"ROPE"のCFに使われたものなのかどうか?は未だに不明のままです。
でも、「未解決の課題がある」というは、追及する楽しみが残るということで、ある意味喜ばしい事だなあ~~と思っております。

ところで、この『"懐メロ"クラシック』のエピソードを"勝手にシリーズ化"することに決定いたしました!!
今後とも宜しくお願いいたします・・・。

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今回は、第79号~第81号です。
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以前の記事で、「カーリン・アリソンが2002年12月に店に来てくれて、その時彼女の『BALLADS』というアルバムを流したところ、当時リリースされたばかりの最新盤『IN BLUE』をプレゼントしてくれた。」というエピソードを何度がご紹介したことがありますが、

KARRIN ALLYSON-BALLADS

KARRIN ALLYSON-IN BLUE

それ以来、彼女がアルバムを新たにリリースする度にゲットして来ました。(単純な奴です!)

ところが、ず~~っと気になっていたにもかかわらず、それ以前の初期のアルバムを聴けていなかったので、
この度、1作目の『I DIDN'T KNOW ABOUT YOU』から、

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5作目の『DAYDREAM』まで聴いてみました。

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アリソンが来店してくれる数日前から、「ダニー・エンブリー(g)、トッド・ストレイト(ds)、ボブ・ボウマン(b)」というバックを務めていたメンバー達も来てくれていたので、彼らが、この初期の5枚の録音全てで参加しているのが懐かしくて嬉しかったりもしたのですが、
どのアルバムも選曲やアレンジが結構面白くて、5枚連続で聴いたにもかかわらず(一日で聴いたのではなくて、数日かかけて聴いたのですが、)、全く飽きることがなくて、聴きごたえ十分でした。

『DAYDREAM』には、「DONNA LEE / INDIANA」という曲が収録されていて、
予想どおり、チャーリー・パーカー作の「DONNA LEE」を、パーカーがコード進行を拝借したと言われている「INDIANA」と同時進行で演奏しているのですが、
『最初のテーマでは、カーリン・アリソンが「DONNA LEE」をスキャットで歌うバックで「INDIANA」が演奏され、最後のテーマでは、それを逆転させて、アリソンが「INDIANA」を歌い、バックが「DONNA LEE」を演る』という凝りようです。
良くありそうな手法のような気もしますが、「何処で誰が演っていたか?」と考えてみると、なかなか思い付きません・・・。

また、3作目の『AZURE-TE』でも、1曲目の「HOW HIGH THE MOON」で、テーマを歌った後に、この曲のコード進行を使ってパーカーが作った「ORNITHOLOGY」のテーマをスキャットしていたり、6曲目に「YARDBIRD SUIT」を演っていたりするのです。

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2002年に来店してくれた時に、「今はニューヨークに拠点を移して活動しているけれど、それまではカンザスシティーを拠点にしていた。」と言っていましたし、これら5枚の初期のアルバムの殆どが、カンザスシティーで録音されているので、もしかしたら彼女はカンザスシティー出身で、チャーリー・パーカーがアイドルだったのかもしれませんね。

ということで、少し調べてみたところ、
『カンザス州のグレート・ベンドという町で生まれて、ネブラスカ州のオマハやサンフランシスコのベイエリアで育った。』ということでした。
グレート・ベンドやオマハから一番近い大都会が、ミズーリ州の"カンザスシティー"(カンザス州との州境付近)ということで、納得!!(近いと言っても、250kmから300km弱離れていますが、広大なアメリカ大陸の中では近いということで・・・。)
2002年4月から家内が書き始めた"JAZZ新聞"を創刊号から順次ご紹介しています。
今回は、第76号~第78号です。
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当店の休業~閉店(2016年1月)に伴って休刊いたしておりました"JAZZ新聞”『Wishy-Washy』の復活・再開版 第6弾(通巻167号)です。

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